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ミツバチとともに生きる「蜂小屋」。一度食べたら手放せない横須賀発・蜂蜜の秘密

2024-08-15Knot

横須賀市長沢の緑に囲まれた場所で、養蜂を営む女性がいる。『蜂小屋』という名前で、非加熱の蜂蜜を手がける渡辺久恵さんだ。毎日ミツバチと向き合い、刻々と変化する気候と対峙しながら作る蜂蜜は「一度食べたら手放せない」と、多くの人の心を掴んでいる。

人混みから離れ、自然と暮らせる場所を求めて

渡辺さんが自宅兼養蜂場として選んだのは、横須賀市長沢の自然に囲まれたエリア。周囲に民家はなく、緑に囲まれた高台に夫婦でDIYした住居が佇む。家の裏からは富士山が眺められ、晴々しい雄大な景色が広がっていた。
「この場所を選んだのは、人の多い住宅街が苦手だったからです」と、渡辺さんは話す。
東京生まれ東京育ちだったものの、人混みが苦手で、東京を離れ、横浜に移り、都会を転々としたのち、現在の長沢に落ち着いた。
とはいえ、もともと前のオーナーのヨットを置く作業場だったので、周囲は笹で覆われ、それらを刈り取り、ガスもないのでプロパンガスを持ってきたそう。浄化槽を入れて水道も引いた。何もない場所から住居と工房スペースをつくっていくのは大変だったと話す。

負傷して聞こえてきた、自分の体の声

蜂蜜に強く惹かれたのは、自分の体を負傷したことがきっかけだそう。
「約30年前、帯状疱疹後神経痛になったことがありました。神経ブロック注射を受けるのが嫌で他の治療を探していたところ、都内に蜂針療法があることがわかり、3回受けて完治したんです。蜂ってすごい、とその時痛感しました。」
蜂蜜といえば、古くから喉の痛みや風邪予防、咳止め、肺を潤すことに有効とされてきた人類最古の甘味だ。昨今では、腸内環境や切り傷、火傷、抗菌、保湿にも良いと言われるほど。
その後、バイクの事故で体の一部が距骨壊死して8ヶ月間ほど歩けない状態が続き、「さて、これから何をやろう」と考えたときに、蜂のことを思い出した渡辺さん。もともと蜂蜜が大好きで、蜂蜜を思いっきり食べるのが夢だった。そしてここ長沢なら養蜂ができるのではないかと思ったそう。
それまでは長い会社勤めで、蜂蜜がどのように作られるかも知らなかったという渡辺さん。4年前の54歳のとき、一念発起して夢だった養蜂家としての暮らしをスタートさせた。
まずは、気になる養蜂家のもとを訪ねて、それぞれの方法を教えてもらい、玉川大学のミツバチ研究所に属している研究科の方の論文や本も読みました。
「すべてはミツバチの育成から始まるんです。寒い冬の間、病気に負けずに生命力のある女王蜂を育てて、春からの採蜜本番に備えます」

自然とともにある養蜂家の1年

天候は当たり前ながら毎年異なります。年によっては異常気象もあります。
日照時間や花の開花状況、蜜の吹き具合など、一つとして去年と同じにはならない。渡辺さんの暮らしは、すべてが天候とミツバチ優先になった。 
「採蜜できる量も、その年によって全然違います。とはいえ、私はミツバチが健やかに暮らせることが一番大切。収穫量が少ないのなら、少なくてもいいと思っています。そこは自然の流れに任せたい」
渡辺さんが重要視しているのは、ミツバチにストレスを与えないこと。ストレスのあるミツバチの蜜は味が違うそうだ。
「巣箱の中にミツバチが多すぎてもいけないし、少なすぎてもいけない。ダニが発生しないようにケアも必要です」。
水を求めて集まるミツバチ。水は蜂にとって大切な資源
「ちなみに、スズメバチはミツバチの天敵で、ミツバチを襲って食べたり、巣にいる幼虫やサナギも捕食の対象。スズメバチが襲ってきたら、やはり心配で心配で。自然に身を任せると言っても、対策ネットを巣にかけたりと、ミツバチから目を離せません」 
養蜂は自然相手の仕事。毎日毎日、様子を伺う。そうすると、先立っての予定が立てられなくなったと渡辺さんは苦笑いする。
友人と食事の予定を立てても、行けないことが多々あった。とはいえ、そんなことも飛び越えられるほど、ミツバチとの共存は楽しい。
西洋ミツバチはもともとこの場所にはいなかった昆虫。増えると土地に負荷がかかり、他の動物たちへの影響も出る可能性がある。 だからこそ、現状の10箱以上は増やすつもりはないと渡辺さんは話す。花粉を運び、自然界ではさまざまな意味で貢献はしているけれど、できればこの数でやめたいと考えている。
渡辺さんいわく「蜂を通して見る世界が面白い」という。蜂から見る世界のレイヤーは、今よりもっと奥深く、ものの見方が変わってくるそう。一番強く感じることは、”人は生きているのではなく生かされている”ということ。
「近年、オオスズメバチの被害が話題になっていますが、生態系にとっては必要な存在なんです。マグロが海の生態系の頂点にいるなら、オオスズメバチは昆虫界の頂点。畑の野菜につく毛虫などの害虫を食べてくれるから、オオスズメバチを減らすと害虫が増え、作物にもっと農薬をまかなくてはいけなくなる。そうするとミツバチなどの送粉昆虫が死に、花粉受粉がうまくいかず、さまざまな作物がとれなくなるという自然界の仕組みがあります」
そう、蜂を通すと、生態系のパワーバランスがより深く見えてくる。オオスズメバチを殺すことは、自然界の構造を壊すことになりかねないのだ。

自然のエネルギーが凝縮した蜂蜜

ひとつの花で美味しい蜂蜜が採れる時期は、ごくわずかの日数。たった数日間、ミツバチががんばって集めたものを、こうして消費者に向けて販売する。
そんな渡辺さんの365日の奮闘を知ると、蜂蜜の有り難さを実感させられる。
ちなみに、蜂小屋では蜂蜜の栄養と風味を保つため、熱を加えずに丁寧に濾過・充填した非加熱・無添加の蜂蜜を扱っている。
蜂が集めた蜜そのままの状態だから、口にふくむと花の香りがフワッと広がるのが特徴だ。
蜂蜜が垂れずに容器から注げる専用ボトルも登場。こちらは、大川硝子工業所が開発したものを渡辺さんがお願いしてコラボさせてもらったそう。
使ってみると、これがすこぶる使い勝手が良い。自動開閉する口が、チョキンと蜜を切るので、液ダレせずに常に清潔に使えるのが嬉しい。小さな瓶でも大きな瓶でも、フタとディスペンサーが共通なので「蜂小屋」のボトルにはすべて対応する仕組み。 
繊細な味わいは、そのままいただくも良し、ヨーグルトやトーストにかけるも良し、ホットミルクやコーヒーに混ぜるのも合う。さまざまな用途で、私たちの健康と美容を支えてくれる。
花によって異なる風合いが楽しめるのも、蜂小屋の蜂蜜の大きな特徴だ。
蜂小屋の蜂蜜を通して、ミツバチの素晴らしい営みがあること、横須賀に滋味豊かな蜂蜜が取れる環境があることをぜひ感じてほしい。
Staff Credit
Written by Tokiko Nitta
Photographed by Io Takeuchi
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