横須賀中央駅から平坂を上ったところにある『上町銀座』は、横須賀が軍港に指定された明治時代から現在まで続いている歴史のある商店街。その中にあって、ひときわ目を惹く大きな看板建築の建物が『みどり屋』。三浦半島一円はもちろん、首都圏の中でも珍しい「祭礼用品」の専門店だ。
軍港でにぎわった横須賀の風情を今に残す上町エリア。『みどり屋』の建物はそのシンボル的存在、と言っていいかもしれない。番頭の山田義明さんによると、創業年は1921年(大正10年)と伝わっているそうで、すでに歴史は100年を超える。
「創業者は4代前になる私のひいおじいさん。もともとは愛知県の農家だったそうですが、何かの用で横須賀に来訪し、軍需工場の発展でにぎわう街の様子を目にして『この街で商売を始めよう』と一家で越してきたのが始まりです」
故郷である愛知県が“さらし”など木綿の産地である特色を活かし、和服地や寝具類を取り扱う『みどり屋商店』として商売をスタート。当時はまだ着物が庶民の普段着で、反物を買って仕立てるのがあたりまえ。人口の急増と物資不足が相まって、地元から取り寄せる品々が飛ぶように売れたという。
しかし試練は突然やってくる。創業2年目である1923年(大正12年)に関東大震災が起こり、店が全壊してしまうのだ。そこから7年間はバラックのような仮店舗で営業を続けることに。
「『みどり屋』の1本裏手、『ヨネヤ』のある細い通りが『浦賀道』と呼ばれる当時の本通りだったんです。震災の復興を進める中で、現在『横須賀アリーナ』がある辺りに陸軍の練兵場ができることになり、幹線道路として三崎街道(県道26号)が整備された。その新しい道が完成するのを待って、現在の店舗を建てたわけです」
1930年(昭和5年)に現在も当時のままの姿を残す『みどり屋』の店舗が完成。その最大の特徴は「看板建築」であることだ。木造の住居兼店舗の正面を銅板やモルタルで覆って装飾し、建物そのものを“看板”にしてしまう、という建築様式のことで、関東大震災の復興期に流行。『上町銀座』を歩くと、ほかにも看板建築の建物がいくつか残るのが見られる。
「うちの店は倒壊ですみましたが、周辺地域は火災で焼失した建物も多かった。その様子を目の当たりにして、延焼を防ぐために銅板を使ったと聞いています」
その銅板が、100年という時間の経過とともに青緑色に変化し、『みどり屋』の外観に味わいと存在感を加える立役者に。2005年(平成17年)には横須賀市内の美しい景観づくりに貢献する建物、として『国際海の手文化都市よこすか景観賞』も受賞している。
首都圏でも珍しい「祭礼衣装専門店」に舵を切ったのは山田さんの父の代で、昭和40年代のこと。昭和に入り、庶民も洋服を着るようになって和装の需要が減少。その頃の『みどり屋』は、日本舞踊の専門衣装を扱うことでかろうじて営業を続けていた、という。
「戦後の物資不足が少しずつ解消され、高度経済成長を経て横須賀の街も元気を取り戻していきました。市民が落ち着いて暮らせるようになったせいなのか、1970年代頃から各地で『地元の祭を復興しよう』という動きが出てきたそうです。それに伴い、浴衣やはんてんを扱っていた当店に問い合わせが増えたため、専門店として品揃えを充実させていきました」
「祭礼衣装」を専門に扱う店は決して多くない。現在は三浦半島一円のほか、横浜南部や湘南地域からも衣装を求める人がやってくるという。着物にルーツを持つだけあって、最も得意とするのはオリジナルのはんてん制作だ。
「デザインを起こすところから、型の制作~染め~仕立てまで一貫して受注を受けています。町内でお揃いの祭礼衣装をつくる、といったご相談が主ですが、企業から店舗用の制服などの用途でオーダーをいただくこともありますね」
祭りの装いに欠かせない地下足袋も種類豊富に取り揃えている。時代の変化に合わせて、足袋の機能も進化しているそうだ。
「重い神輿を担ぎながら長い距離を歩くので、最近はソールにエアクッションが入ったタイプが人気です。また、横須賀は夏に祭りを行う地域が多く、猛暑のせいでアスファルトが焼けて熱いのでソールに厚みがあるものが好まれるようになりました。ただ、とび職や植木屋などの職人さんに言わせると、厚底の地下足袋は足の指が動かせないから、高い所に昇るなら昔ながらの物がいい、と。そういったお客様の需要に合わせて、いろいろなタイプの地下足袋を常時ご用意しています」
店を切り盛りする傍ら、山田さんは自ら地域のお祭りに足を運んでその様子を写真で記録する活動を続けている。最初は「祭り文化を知らないと仕事にならない」という勉強の気持ちからだったが、次第にその多様性に魅せられていった。
「地域のカラーをデザインにも反映したいな、と思って訪問を始めたのですが、祭礼は土地の文化を継承している行事なので、こんな小さな三浦半島の中でも細かな違いが無数にあるんです」
例えば、上町周辺の祭りのお囃子では正座をして太鼓を叩くのが一般的。しかし大津の付近では腰掛けて叩く形に変わり、尻こすり坂を越えて野比まで行くと立って叩くのだという。
「地域の方に伺うと、昔の野比周辺では山車を担いでまわる“担ぎ屋台”が使われており、お囃子もそれと一緒に動きながら叩いていたから、その名残ではないか、とのこと。今の山車は台車に載せているので、もうお囃子は座ってもいいはずなのですが、立って叩く文化が受け継がれているんです」
山田さんにとっては「あれ?」と思うことでも、地元の方にとってはそれが“あたりまえ”であるため、独自色に気づいていないことも多いのだそう。だからこそ記録に残し、地域の特色として伝えていかなければ、という思いがある。
「横須賀や三浦という限られた地域の中でも、いろいろな文化があると知っていただくことで、あらためて自分たちの住む地域の文化や伝統を見直し、地元を好きになれるきっかけが生まれるかもしれない。そんな思いで続けています」
みどり屋の次期4代目であり、祭り文化の守り人でもある山田さん。今年もカメラを片手に、各地の祭りが織りなす生き生きとした姿を、今の時代へと伝えていく。
Staff Credit
Written by Aki Kiuchi
Photographed by Yui Kuwabara
Written by Aki Kiuchi
Photographed by Yui Kuwabara
Information
住所:神奈川県横須賀市上町2-1
営業時間:9:30~19:00
定休日:水・木曜日
駐車場:なし(お店の近隣にコインパーキングあり)
営業時間:9:30~19:00
定休日:水・木曜日
駐車場:なし(お店の近隣にコインパーキングあり)
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