海・山などの自然のほか、軍港や近代建築といった文化資源など多様な魅力を有する三浦半島。その豊富な資源を最大限活用するため、地域内外のヒト・モノを繋いで新たな価値を生み出す人材=地域コーディネーターを育成する「地域コーディネーターアカデミー」。地域事業の立ち上げと運営のノウハウについて学んだ前回を踏まえ、第3回は三重県尾鷲市で地元に根差した事業を多数立ち上げてきた伊東将志さんが、人口減少・少子高齢化に直面する自治体の活性化について、自身の経験を踏まえ講演した。

伊東 将志
三重県尾鷲市在住。18歳で地域の商工会議所に入所し22年勤務、その後まちづくり会社を経て現職。「そのまちならでは」の取組みを全国各地で支援。2022年からは地元尾鷲の電力会社の撤退に伴い、変わりゆく街に呼応し、ジャストトランジションをテーマに一般社団法人つちからみのれを設立。
一般社団法人つちからみのれ ファウンダー / 株式会社ONDOホールディング・株式会社温泉道場 監査役 / 株式会社旅する温泉道場 取締役 / UROCO代表 / NPO法人G-net社外理事も兼任。
三重県尾鷲市在住。18歳で地域の商工会議所に入所し22年勤務、その後まちづくり会社を経て現職。「そのまちならでは」の取組みを全国各地で支援。2022年からは地元尾鷲の電力会社の撤退に伴い、変わりゆく街に呼応し、ジャストトランジションをテーマに一般社団法人つちからみのれを設立。
一般社団法人つちからみのれ ファウンダー / 株式会社ONDOホールディング・株式会社温泉道場 監査役 / 株式会社旅する温泉道場 取締役 / UROCO代表 / NPO法人G-net社外理事も兼任。
繁盛店に高級食材はいらない?自分たちの「当たり前」が強みに
地元の商工会議所に就職し、地域の中小企業を支援していく中、他自治体と同じように少子高齢化と関係人口の減少が取り沙汰されるように。商工会議所からの出向で市内の観光交流施設の経営を手掛けた際は『自分の実力不足で大失敗をするのではないか』という懸念が頭をよぎった。
しかし、『確かに高齢化は進んでいるが、裏を返せば高齢者はたくさんいる。彼らを主役にした店があってもいいのでは…』と、60歳以上の女性らで構成された飲食店をオープンすることになった。
「高齢化率が高い集落でも、住民は幸せを感じているところはある。そんな住民が輝ける事業にしようと思った」

コンセプトは”お母ちゃんのランチバイキング”。こだわったのは、昔の地元の食卓に並ぶような家庭料理を中心にしたメニュー構成。
「最上級のマグロやイカといった食材は都会に回って消費されているので、観光客にとっては新鮮味がない。市場で売れ残るような小さな魚や山菜、海草を使った料理の方が、案外喜ばれるんです」
酢締めしたサンマを使う郷土料理”さんま寿司”は実際に人気を博した。そのほかにも、ただのタイではなくギンマトウダイを使うことで『なんだこれ!』とお客さんの興味をそそるメニュー構成になる。地元では当たり前の食卓が、観光客からすると魅力に映るのだ。店は日に日に客足が伸び、最高で年間3万6000人の集客に成功した。
また、事業の中で地域が得たものは、災害時の炊き出しスキルだ。普段の家庭料理と有事の炊き出しでは勝手が違うもの。日常からお客さんに提供する料理を大鍋で調理している”お母ちゃん”は、道具と食材さえあればどこでも炊き出しができるので、知らず知らずの間に、地域防災に欠かせない存在となっていったと感じている。

課題解決のその先は... 事業が社会にどう影響を与える
『で、尾鷲はどうなったの?』
観光施設の運営が軌道に乗った頃、地元の先輩に聞かれた。店の集客には成功したが、その結果尾鷲全体が活性化したのか、自信を持って『そうです』とは言えなかった。
観光施設の運営が軌道に乗った頃、地元の先輩に聞かれた。店の集客には成功したが、その結果尾鷲全体が活性化したのか、自信を持って『そうです』とは言えなかった。
そもそも活性化とは…?繁盛店を作るだけではまだ足りない。多くの人が関わりあい、まちを元気にしていくためにはどうすれば良いか…?
そんななか目を付けたのは、需要と生産量が減少していた地元産のヒノキ。
『浴槽に浮かべたら、お客様に一番気付いてもらえる。』
地元の銭湯に設置してみると、利用者は香りを嗅いだり肌触りを楽しんだりと評判は上々。メディアにも取り上げられ、ほかの銭湯からも注文が殺到したという。
林業業界の方々からヒアリングをした結果、当時、一番売れ行きが低かった細いヒノキを、メッセージを書き込める円形の入浴木にして販売することに。感謝の気持ちを記した商品を湯舟に浮かべる”100のありがとう風呂”という企画に仕立て、今度は全国各地の銭湯や温浴施設から注文が相次いだ。
「敬老の日や母の日・父の日には子どもが書いたメッセージウッドを浮かべる。そうすると多世代の家族がお客さんとして銭湯に訪れるんです」
製材所のヒノキが売れ、地域の銭湯も賑わい、住民も素敵なメッセージに心温まる『三方良し』のビジネスモデルを具現化できた。
地元産のヒノキの魅力を発信しつつ、木が売れ続ける仕組みを構築できた一例となった。
「火力発電→ゼロカーボン?」逆転の発想で事業を継続
2018年、火力発電所が解体されることが決まった。約60年、地域の経済を支えていた発電所がなくなることは大きなニュース。
『発電所がなくなったら俺らの町はおしまいだよ』
住民の落胆も非常に大きかったという。
そこで伊東さんが目を付けたのは”ジャストトランジション”という点。現在まで運転を停止している火力発電所は100近くあることから『火力発電所がなくなったまち』としての行動が、今後自分たちの街の後を追う街の嚆矢となるのではないか。
当時発電所の下請け事業をしていた企業が耕作放棄地で転換するという話を聞き、事業へ徹底支援することを決めた。
火力発電のまちから、ゼロカーボンのまちへ。事業転換によって始めたキャンプ場は電気も水道も通さないオフグリッドのコンセプトを取り入れるなど、この企業は逆風を味方に新たな境地を開くことに成功した。
「かつてあった社会・経済が変わっていく中、まちも変わっていかなきゃいけない。これは日本全国でこれから起こる話。愛する地元を離れることなく、仕事を続けていく姿は全国の事業者のモデルになる」
自分たちならどうする?受講者からアイデアあれこれ
伊東さんの基調講演後は、受講者がその内容を踏まえ、自身の背景やルーツを活かし実施したいと思うイベント案を考案・発表した。

ある女性の受講者は、三浦半島の地域振興に取り組む若者世代と40代以上を集め “今から30年後の地域振興を考える” という企画案を発表。『自分の30年後はこうありたい』と『自分が若かったらこうしてた』という若いアイデアとキャリアで培った経験の化学反応を狙うもので、その場には、”30年後の三浦半島の人口規模と同程度の人口規模の地域で事業に取り組む人” も招待し、よりはっきりとしたビジョン(展望)を描くことを目指す。

男性の受講者からは、「事業者の失敗をひたすら聞く会」というユニークなアイデアも飛び出した。飲食、宿泊、観光など、地域の様々な事業に関わってきた人の「珠玉の失敗談」を聞くことで、今後受講者らが取り組む地域振興のヒントを得ることが目的。逆転の発想に発表時は笑いも生まれたが「成功談では学べないものもあるのでは」と賛同する声も上がった。

現在、地方自治体で共通の課題となっている少子高齢化と人手不足。伊東さんは弱みを強みに変える逆転の発想で人の集まる仕組みを作っただけでなく、事業者と地域住民が有機的に作用することで「多くの人がこの町に住んで幸せと感じる」ビジネスモデルを尾鷲市で実現した。「長所」だけでなく「短所」までを含んだ地域の特色をどう活性化につなげるか。参加者が今後思い描く事業プランに期待したい。
Staff Credit
Written by Kaito Nakahigashi
Written by Kaito Nakahigashi