汐入駅か、横須賀中央駅。どちらを選んでも、迷路のような坂道を10分ほど登っていく。たどり着いた先は、谷戸の奥まった高台にある平屋の古民家。ここ『問室』は、新しい気づきに出会うための場所として、本の展示やワークショップなどを行っている。地域活性化に取り組むプロジェクトチーム『Homiiie(ホミー)』のメンバーとして、この場所を運営する藤原香奈さんに、『問室』にかける思いと、横須賀の新しい暮らし方への挑戦について聞いた。
谷戸地域ならではの独特な地形に面白さを見出して
田舎に住む祖父母の家に遊びに来た。平屋建ての古い建物は、そんな心象風景を思い起こさせる。横須賀市汐入町の坂の上にある『問室』。まちづくり会社の社員として働きながら、ここで活動しているのが藤原香奈さん。地域活性化に取り組む『Homiiie』の仲間たちと共に、横須賀ならではの新しいコミュニティづくりの可能性を模索している。
藤原さんと仲間たちの出会いは約10年前、東京都檜原村でのゲストハウスで行われたプロジェクトに参加したこと。地域活性化に興味を持つ大学生だった藤原さん、地域にあるものを活かしてものづくりをしたいと考えていたデザイナーの田村さん、大工の趣味があり木の町づくりを目指していた川合達哉さん、3人の思いがそこで交差したのだ。
「都会から来た私たちを温かく迎えてくれる檜原村の人たちとの触れ合いを通じて、血縁関係がなくても第二の故郷のような場所を作れるんじゃないかと感じたんです」
その後、それぞれの道を歩んでいた3人だが、先に横須賀で古民家リノベーションの活動を始めていた川合さんの誘いで藤原さんらも横須賀に集まり、新たな地域づくりを始めることになった。彼らが注目したのは、横須賀の特長でもある谷戸の風景と、そこでの暮らしの在り方だ。
「谷戸では、クルマの入れない細い道があちこちにつながっているんです。例えば、三笠商店街の奥にある神社からつながる細い階段を上がると、突然『問室』のある高台に出ます。そんな近道があることにも驚きましたし、何より階段の途中から見下ろす街並みは、まるで立体的な迷路のようで。普通の商店街から秘密の抜け道を通ってきたような不思議な感覚と、坂道や階段、路地が複雑に入り組み、その合間に緑や海が見え隠れする風景は横須賀ならではで、とても面白いと感じました」
“問い”から生まれた、出会いと気づきが生まれる場所
和の住宅の趣を残しつつ、モダンに改装した『問室』の室内には陽光が気持ちよく差し込んでいた。大きな窓からは、庭の緑が気持ちよくのぞいている。
『問室』ではアーティストやクリエイターの展示やワークショップなど様々な試みが日々行われているが、その原点は、藤原さんが手がけてきた『問い直す書店』という活動にある。書店と言っても本を販売するのではなく、特定のテーマに沿って選んだ本を展示し、来場者との対話を生み出す“場づくり”のことだ。
「以前、ある疑問を解消するために本を一冊読んだのですが、その内容について同僚と話し合う機会がありました。そのとき、同じ本を読んだのに解釈が異なるんだ、という気づきがお互いにあり、予想以上に対話が深まったんです。その経験をきっかけに、本を通じて”新しい気づき”を得る場をつくりたいな、と思ってはじめた活動です」
横須賀という街で、より地域に根ざした形で『問い直す書店』をやってみたい、と生まれたのが『問室』。本屋でも図書室でもない、さまざまな人々が出会い、対話し、気づきに出会う場所がコンセプト。平日は会員制、休日は入館料制になっており、読書や勉強、ただのんびりするなど、思い思いの時間を過ごすことができる。
この『問室』で使われている、椅子や机、天井の竿縁などは、近隣の解体された家屋から譲り受けた資材を再利用したものだ。谷戸ならではの急な坂や道幅の狭さは、新たな家を建てるには不便な条件になる。だからこそ、すでにこの地域にある空き家の解体で出た建材を積極的に再利用しよう、というアイデアが生まれたのだ。
「街に空き家があることは “課題” ではなく、新しい価値を生み出す余白ではないか、と考えています。たとえば最近、空き家が4軒建っていた場所が更地になったのですが、土地所有者の協力を得て、みんなが使えるオープンスペースの広場をつくりました。『souen』と名付けられたその広場では、地域の子どもたちが自由に遊んだり、高齢者の方々が憩いの時間を過ごしたり。自主的に植物を植える近所の方々もいて、地域コミュニティを強める場所に生まれ変わったんです」
最近は、DIYができるアトリエや大人数で食事ができるキッチン&ダイニング、宿泊などの機能をあちこちのリノベーション空き家ごとに分散させ、みんなでシェアする新しい暮らし方も汐入エリアで提案し始めている。これは、イタリアの分散型ホテル『アルベルゴ・ディフーゾ』の居住版とも言える発想だ。
「一見不便な場所だからこそ、豊かな暮らしを“想像”しながら“創造”する。こういう暮らしの魅力に気が付けば、結果として空き家問題の解決や、新しいコミュニティの形成、持続可能な地域づくりにつながるのではないか、と思います。」
ゆるやかで温かい絆が、移住者と地元民をつないでゆく
川崎で生まれ育った藤原さんにとって、これまでほとんど縁がなかった横須賀。しかし、いざ住んでみると、「思っていた以上に生活の場として魅力的」と笑顔に。気に入っているポイントのひとつは、自然が豊かなのに都心へのアクセスがいい、というバランスの良さ。そして、地元の人たちとの関係性だ。
藤原さんは先日、『問室』を通じて知り合った地元の人たちと谷戸歩きをした。そのうちのひとりが、小学生の女の子だ。近所の家の庭など、大人なら遠慮してしまうようなところをちゅうちょなく入っていく、そんな“地元の子ども”目線で見えた景色はものすごく新鮮だったのだそう。
「建物と建物の間にひっそりと咲く季節の花。急な階段の途中にある小さな広場。普段は見過ごしてしまうような発見がたくさんあったんです」
汐入町の歴史に詳しいおじいさんと歩いたことも。「この辺りは昔、海軍との土地交換で開発された場所だから、レンガ造りの建物や石垣の一部はその名残なんだよ」「坂道の途中にある古い井戸は、かつての生活の中心だった」など、界隈にある古い建物について詳しく説明してくれたという。
「私が接している横須賀の人たちは、濃密すぎず、かといって冷たくもない程よい距離感でお付き合いしてくれるんですよね。たとえば『問室』の近所に住むおじいさんは、よく庭の手入れを手伝ってくれるんですが、日々の生活にまで立ち入ってくるようなことはしません。移住者にとって住みやすいな、と感じます」
地域で活動する以上、地元の人たちと互いに協力しあう関係性を築きたい、という想いがある藤原さん。受け身にならず、町内の清掃やお祭りといった行事に自ら参加する姿勢も大切にしている。その甲斐あって、少しずつ信頼関係が深まっているのを感じているのだとか。
「汐入のお祭りでは、都内に住む若い友人・知人を呼んで、みんなで神輿を担がせてもらったんです。この街にやってきた新しい人たちを大らかに受け入れてくれるのも、横須賀の魅力ではないでしょうか」
最後に、これから挑戦してみたいことについて聞いてみた。
「この街にある暮らしの豊かさを、もっと多くの人に体験してもらえたらいいな、と思っています。自生する植物を使った染め物体験や、『souen』で栽培しているハーブを使ったワークショップを考えています。横須賀の谷戸資源を活かしながら、より豊かな暮らしをつくっていきたいです」
横須賀の地で新しい価値を生み出そうとする移住者と、その活動を面白がり、受け入れ、支える地元の人々。互いが互いを尊重し合いながら、ゆるやかなつながりを築いていく。そんな関係性こそが、この街の新たな魅力になっていくのかもしれない。
Staff Credit
Written by Aki Kiuchi
Photographed by Io Takeuchi
Written by Aki Kiuchi
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