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姉妹絵描きユニット「yucchi」

2025-11-14Knot

葉山で育ち、横須賀で暮らす姉妹絵描きユニット「yucchi(ユッチ)」。ふたりが描き出す、動物と人間が楽しげに混ざり合う優しい世界は、姉・渋谷由季子さんによる彩色と、妹・朝倉千陽さんの線画によって生まれてきている。幼少期から絵を描くことが日常だった姉妹がユニットを結成して14年。横須賀にある海山の自然に触れながら、“日常の中にあるしあわせ”を描き続ける、その道のりについて伺った。 

「描くこと」が日常にある葉山での暮らし

横須賀のお隣、葉山町で高校生までを過ごした由季子さんと千陽さん。家族で住んでいたのは平屋の米軍住宅で、メキシコ人やアメリカ人の隣人がいるちょっぴり多国籍な一角。庭には父が手作りした鉄棒などの遊具があり、キウイやジャスミンが蔓を伸ばす自然豊かな環境だったという。
「父が輸入家具会社に勤めていたので、アンティークの家具や木製の船の置物など、海外のものが家にあふれていました。子どもの頃は、本棚に並んでいる雑誌『エル・デコ』を眺めて、海外の住宅のインテリアや雑貨を見るのが大好きでしたね」(由季子さん)
住宅の壁に色を塗ったり、テーブルの上にロウソクを灯したり。そんな洒落たスタイルを好む両親は創造的な性格で、「買わないで自分で作ろう」が家庭のモットー。外食するよりも自ら調理することを好み、遊び道具もできるだけ自分たちで工夫して作るよう促したのだとか。そんな環境において、絵を描くことはふたりにとって「当たり前」の遊びだった。
「いつから好きになったかは覚えていないぐらい、小さい頃から普通に絵を描いていました。もともとひとりの時間が好きな子どもで、空き地や野原で植物や虫を観察したり、動物たちと仲良くなったりする時間がすごく大事だったので、学校での集団生活が少ししんどくて。自分の世界に浸ることが私にとっては心をリセットする大事な時間で、そんなときに絵を描くことは自然な表現方法でした」(千陽さん)
幼少期の由季子さんも、心の中にある気持ちをうまく表現できない無口な面があり、ひとりで過ごすのが好きだったのだとか。
「文章でも絵でも、言葉以外で伝えられることってありますよね。それが私たちにとって絵だったり、工作したりすることだったんだと思います。画材は家にあったので、学校から帰るとふたりで落書き帳に絵を描いて。紙がなくなればチラシの裏なんかも使いました。絵を描くことは、呼吸するのと同じくらい自然な日常だったんです」(由季子さん)

「線」と「色」の出会いから、yucchiが誕生

姉妹は成長とともに、それぞれの姿勢で創作の道を歩み始める。姉の由季子さんは画塾に通い、日本画や抽象画の勉強を始めた。重厚な油彩よりも、水彩画が持つ柔らかな筆の質感が好きだったからだ。一方、妹の千陽さんは、短大のデザイン科に進学。ウィンドウディスプレイやパッケージデザインといった生活に関わるものづくりを学び、卒業後はデザイン事務所で壁面装飾を手掛けるようになっていた。この時期、千陽さんにふとした転機が訪れる。
「筆で絵を描いてほしい、と頼まれたんです。それまで絵はボールペンで描いていたんですけど、私は絵に対して完璧主義なところがあって、ペンは太さが一定の線が描けるぶん、ほんの少しのはみ出しも気になっていたんですよね。でも、筆は太くなったり細くなったりするし、それが自然な表情を生みだします。私の頑なな部分を、筆で描く自由な線が崩してくれるのを感じました」(千陽さん)
筆で線を描いていく
「自分らしい描き方」を見つけた千陽さんの絵は、仕事でも次々と採用されるように。そんな折、友人からクリスマスマルシェで販売するカードを描いてみないか、と声がかかり、千陽さんが描いた線画に由季子さんが色を塗ることになった。
「線で絵を描くのは好きですが、色を塗って失敗するのが怖くて。姉は私にはない色彩感覚を持っているので、『これはいい作品になるんじゃないか』と思いました。」(千陽さん)
着彩された絵は「こんな色に塗れるの?」という驚きに満ちた仕上がりだったという。ふたりで描いたひとつの絵は、お互いにとって「私らしい」と感じるものだった。
「ずっと抽象画を描いてきたので、線よりも色から入るほうが私にとってもスムーズだったのかもしれません。自然な流れで始まったコラボレーションでしたが、もしお友達の誘いがなかったら、やっていなかったかもしれませんね。この絵を仕上げたときに、私たちらしい世界観ができたと自信が持てました」(由季子さん)
ユニット名は、子どもの頃のあだ名「ユッコ」と「チッチ」を合わせた「yucchi」。2011年、冬のことだった。3歳違いの姉妹であるふたりだが、大人になるにつれ趣味嗜好が近づいている、と笑顔を見せる。
「事前に相談していないのに、全く同じものを買っていることがあるんです。冷蔵庫まで色もサイズも一緒だったときはびっくりしました(笑)」(由季子さん)
そんなふうに息が合っているからこそ、ふたりで統一感のある世界を生み出せるのかもしれない。

動物と人が手を取り合う、自由な世界

yucchiの作品の持ち味は、見る人の心を温かくする優しい世界観。動物と人間が楽しげにテーブルを囲む平和な光景の源泉は、「日常の中にある幸せ」を見つめることから生まれてくる。
「たとえば、普段いろいろ大変なことがあったとしても、子どもの頃に感じていた自由な気持ちを思い出すと、優しい心になれますよね。私たちの絵の中にある平和な世界は、そんな誰の中にもある子ども時代を思い起こさせるのではないでしょうか」(由季子さん)
「猫ならこんな色じゃないと、という固定観念を超えて自由に表現したいと思っています。それは女の子がピンク、男の子がブルーみたいな考えに縛られないことと同じです」(千陽さん)
初期の作品に多く見られるのが、子どもと動物が一緒に遊ぶモチーフ。そのきっかけは、由季子さんに娘が産まれたこと。由季子さんが仕事で忙しいときは、千陽さんが保育園への送り迎えをお手伝いするなど、まるでダブルママのように一緒に過ごす時間が増えたのだ。
「当時は子どもの絵をたくさん描いていましたね。逗子の古書店『ととら堂』で初めての展示を行ったときも、子どもの絵本の読み聞かせスペースに絵を飾って。姪っ子がいたから生まれてきた作品がたくさんあります」(千陽さん)

これからも、横須賀の自然に支えられながら

17歳のときに家族で越して来てから、姉妹の第二のふるさととなった横須賀。実家の庭には、庭仕事を愛する母が育てた植物があふれている。山と海があるこの街は子育て環境としても魅力的。ふたりにとって、この横須賀の自然は創作活動にも大きな影響を与えている。
家の中には至る所にお花が飾られている
「絵を描くと頭をいっぱい使うので、リフレッシュのために『アーシング』(自然に触れること)によく行きます。自然の中で目にする植物や果物の色や形は色を塗るときの参考にもなるんです。都会だと難しい『焚き火』が気軽にできるのも、この地域の醍醐味。炎の輝きや木が燃える香りからイメージの色が湧いたりします」(由季子さん)
千陽さんは日常的に海に行く。久里浜の海辺でのんびり過ごしたり、三浦海岸まで足を伸ばして浜辺を歩いたり。最近はアーティストとしての個人活動にも力を入れており、海をモチーフにした作品制作に勤しんでいる。
「海への憧れがあって、宇宙とはまた違った、海の中の謎めいた部分に興味が湧きます。一方で、山の中のキャンプにもハマっていて。人が誰もいない暗闇で、聞いたことのない鳥や動物の声を聞くとドキドキしますが、同時に『その声が聞けて嬉しい』という気持ちも湧いてくる。地球に生きているってこういうことかな? という感覚です」(千陽さん)
活動を始めて間もなく15年、今も自分たちのリズムを大切にしながら絵を描いて、展示会を開いたり、イベント出店などを行っている。最近は子ども向けワークショップも開催。教える面白さを発見した、とふたりは言う。
「初めてワークショップをした日、虫かごの中にいるカニを描いている子どもに、『カニは曲線が多いから、虫かごを直線で描くとメリハリがつくよ』とアドバイスしたら、絵がものすごく変わったんです。その子が『私はこういうふうに描けるんだ!』と気づいた瞬間を目にして、私もうれしかったです」(千陽さん)
「保育園や幼稚園に通い始めると、子どもでも『太陽は赤、象は青』のような固定概念を持ちがちです。だからこそ、好きな色や形で自由に表現できる世界を広げていきたい。そしていつか大人向けの絵のワークショップもやってみたいですね。子どもが描いている間に、お母さんたちにも一緒に描いてもらう、なんていいかもしれません」(由季子さん)
たくさんの色が混ざったパレット
これからの目標は、yucchiとして絵本をつくること。そして渋谷由季子、朝倉千陽としてそれぞれの作品を発表していくことだ。
「展示をしていると、『絵本を見てみたい』とよく言われるんです。ラフ画は4枚で止まっていますが、自然なタイミングが来るのを待ちながら、焦らずに取り組んでいきます」(千陽)
「今それぞれつくりたいものが出てきているのは、yucchiとして10数年、姉妹一緒に絵を描いてきたおかげです。個人としての感性を活かした作品づくりをして、また一緒にyucchiをやればきっとこれまでと違う世界が広がるはず。今からワクワクします」(由季子さん)
これからもふたりは自然と触れ合い、人と出会い、筆を動かす。そうして生まれたyucchiの世界が、きっと誰かの日常に優しさを届けていく。
Staff Credit
Written by Aki Kiuchi
Photographed by Io Takeuchi
Information
展示会やイベント出展などの情報は、お2人それぞれのInstagramで発信中。
渋谷由季子さんInstagram 
朝倉千陽さんInstagram 
Tagged In:#デザイン,
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