京急久里浜駅から徒歩1分のところにある『暮らしと道具forum(フォルム)』は、2014年の開店以来、長く愛用できる生活道具を集めたセレクトショップとして親しまれている。営むのは、横須賀生まれの西村亮さん(写真左)・有平さん(写真右)兄弟。店内に並ぶのは器や調理道具、洗剤から靴下といったさまざまなアイテム。どれも、日本各地の生産者と対話し、ものづくりの背景に納得したものばかりだ。
暮らし “と” 道具
ふたりが育ったのは、追浜駅からほど近い湘南鷹取の住宅街。店のある久里浜とのご縁は、母方の実家が久里浜商店街の黒船仲通りで金物屋を営んでいたことにある。祖父母と叔父が切り盛りするその店では、日用品から工具まで幅広い品物を扱い、地域の暮らしを支えていたのだとか。
「小さなホームセンターのような品揃えで、本当にいろんな暮らしの道具が置いてありました。幼い頃から兄弟でよく遊びに行きましたし、年末には一緒に店番をしながら呼び込みを手伝うのが習慣でした」(亮さん)
商店街の賑わいを肌で感じながら過ごした子ども時代を経て、大人になった亮さんはその金物屋に勤め、他で働いていた有平さんも後年、商売に加わった。しかし2014年、惜しまれながらも閉店を迎えることに。ここで西村さん兄弟は新たな挑戦を決意する。
「なんとか店を残したい思いもありましたし、専門店が少なくなっている時代に、きちんとつくられたものを地元の人たちに届けるのはやりがいのあることではないか、と話し合いました」(有平さん)
日本国内でつくられた、長く使える生活道具を扱う店をふたりで作ろう。そんな思いが『暮らしと道具forum』の原点となった。店名の「forum(フォルム)」とは、ラテン語で「広場」を意味する。
「単に商品を並べて終わり、ではなく、店を通じて生産地の特色やものづくりの背景を知っていただくことで、つくる人と使う人が交差する『広場』のような場所になってほしい、という思いを込めました」(亮さん)
暮らし “の” 道具ではなく、暮らし “と” 道具、としたことにも理由がある。調理用品などの特定カテゴリに限定せず、日常の中で長く大切に使えるものであるなら、靴下とお皿とトングが同じ店の中にあってもいい、と考えているからだ。
「見た目や形の良さも大切ですが、裏側にあるつくり手の思いや技術のことを知ると、道具により愛着が湧きます。そういうものが身の回りにたくさんあれば、使う人の暮らしもより豊かになる気がするんです」(有平さん)
商品選びで大切にする、3つのモノサシ
『forum』が大切にしている商品選びの基準は3つある。
1つめは、可能な限り産地へ足を運び、生産者と直接対話を重ねながら仕入れをすること。職人の手の動き、工房に並ぶ道具たち、作業場に漂う空気。工場や工房に行くと、カタログを見ているだけでは伝わらないものづくりの背景が見えてくる。得意とする技術について教えてもらい、職人の考え方や姿勢を知ることで、お客様により深く商品の価値を伝えられるのだ。
2つめは、可能な限りその土地ならではの材料や技術を活かした品物を選ぶこと。
たとえば長崎県波佐見町の『波佐見焼』。 使われている天草陶石という鉱物は、砕きやすく粘土を混ぜなくても単独で焼き物にでき、濁りがない白色と硬い焼き上がりが特徴だ。
産地の背景を知ることは、日本のものづくりを知ることでもあるのだ。
3つめは、現代の暮らしに合わせた使いやすさ。昔ながらの技法を活かしながらも、重さを調整したり、サイズを見直したりと、今の生活様式に寄り添う工夫がなされているものを選んでいる。
これら3つの要素を大切にすれば、自ずと流行り廃りに影響されず、長く愛用できる商品が揃っていく。セールや値引きをしないつくり手がほとんどなので、他でもっと安く売られていてがっかりする、といった思いをお客様にさせることもない。
「店に立つ僕たちが商品の魅力や特徴を深く理解し、職人の努力や探究心をしっかりと受け取る。だからこそ、つくり手の熱を使い手に伝えていくことができます。そうやってものの価値を守りながら、適正な価格で長く商品を提供し続けることが、結果として技術の継承にもつながると考えています」(亮さん)。
つくり手の思いが息づくアイテムたち
そんな『forum』で人気を博している、代表的なアイテムをいくつか紹介してもらった。
栃木県「かおり陶房の箸置き小皿」(1,650円〜)
forumが釉薬を特注した、食事の途中でちょっと箸を置くことができる使い勝手の良い取り皿。わらや木を燃やしてつくる天然のわら灰を用いた『自然灰釉』を使うことで、独特の素朴でたくましい表情が生まれている。
forumが釉薬を特注した、食事の途中でちょっと箸を置くことができる使い勝手の良い取り皿。わらや木を燃やしてつくる天然のわら灰を用いた『自然灰釉』を使うことで、独特の素朴でたくましい表情が生まれている。
宮城県「木工職人・菅原さんの朴のまな板」(6,600円〜)
東北の厳しい寒さの中でゆっくりと成長する朴の木は高い密度を持ち、木肌は緻密で滑らか。そんな材料を一つひとつ丁寧に加工して生まれるまな板。何種類ものヤスリを使い分けながら、細部まで繰り返し研磨してあるので、毛羽立ちが少なく耐久性があるのだとか。
東北の厳しい寒さの中でゆっくりと成長する朴の木は高い密度を持ち、木肌は緻密で滑らか。そんな材料を一つひとつ丁寧に加工して生まれるまな板。何種類ものヤスリを使い分けながら、細部まで繰り返し研磨してあるので、毛羽立ちが少なく耐久性があるのだとか。
新潟県「鍛冶屋がつくる鉄フライパン」(14,300円〜)
職人との協働で何度も試作を重ねて開発された、『forum』限定の手打ちフライパン。重さと熱の溜まり具合のバランスを探り、1.6ミリの厚みを採用した。表面を叩くことで生まれる微細な凹凸により、使い込むほどに味わいが増していく。
職人との協働で何度も試作を重ねて開発された、『forum』限定の手打ちフライパン。重さと熱の溜まり具合のバランスを探り、1.6ミリの厚みを採用した。表面を叩くことで生まれる微細な凹凸により、使い込むほどに味わいが増していく。
東京都「ストレスフリーソックス」(1,650円)
いったん通常の靴下の倍以上の大きさに編み立ててから時間をかけて収縮させるため、ゴムを使わなくても優しく足にフィットするソックス。現在店頭にあるものは92歳の靴下職人丸山さんが作ったもので、つくれるのは1日60本のみ。長時間の着用でも跡が残りにくい、とリピーターも多い商品なのだそう。
いったん通常の靴下の倍以上の大きさに編み立ててから時間をかけて収縮させるため、ゴムを使わなくても優しく足にフィットするソックス。現在店頭にあるものは92歳の靴下職人丸山さんが作ったもので、つくれるのは1日60本のみ。長時間の着用でも跡が残りにくい、とリピーターも多い商品なのだそう。
神奈川県「THE 洗濯洗剤 Think Nature」(3,480円)
海洋タンカー事故による流出油を処理する環境技術から生まれた、ナノテクノロジーによる洗濯洗剤。1回たった5mlの使用量で、微粒子化された植物由来の洗浄成分が汚れを優しく落としてくれる。おしゃれ着用洗剤や柔軟剤も必要なく、これ1本でウールからダウンまで洗えて、環境負荷も抑えてくれるそうだ。
海洋タンカー事故による流出油を処理する環境技術から生まれた、ナノテクノロジーによる洗濯洗剤。1回たった5mlの使用量で、微粒子化された植物由来の洗浄成分が汚れを優しく落としてくれる。おしゃれ着用洗剤や柔軟剤も必要なく、これ1本でウールからダウンまで洗えて、環境負荷も抑えてくれるそうだ。
※以上、すべて税込。価格は取材当時
ものづくりの現場から見えてくるもの
職人の高齢化や後継者不足は、日本のものづくりが直面する大きな課題だ。しかし、この久里浜の街から二人が見ている光景は少し違う。
「若い世代で技術を受け継ごうとする人たちが出てきています。先ほど紹介したストレスフリーソックスは、靴下職人丸山さんからハミングバードさんと群馬の丸登靴下さんへ機械、技術が継承されていますし、三条の鍛冶職人さんは伝統を守りながらも新しい感性を持ち込もうとしています」(有平さん)
「日々お客様から聞いている声を産地に直接届けることも、私たちにできる役割の一つ。商品の背景を伝え、そこから興味を持ってもらえれば。それが長く続くものづくりにつながっていくと信じています」(亮さん)
話し合い、思いを共有しながら同じ目標を見つめて歩んでいく。「特に決めていたわけじゃないのに、たまたま今日は似たような洋服になっちゃって」と笑い合う亮さんと有平さん。そんな息の合った姿から兄弟の仲の良さが感じられる。ふたりは、故郷・横須賀をどのように見つめているのだろうか。
「僕はお酒を飲むのが好きで、しっくり来るのは昔ながらの渋い居酒屋なのですが、米軍基地の周辺にあるアメリカナイズされたバーも好きなんです。横須賀という街の中にある、そういう二面性が面白いですね」と亮さん。一方の有平さんは「自然が豊富なところが好きです。横浜や東京など大都市にすぐ行けるのに、地元に戻れば海を見つめながらゆったり過ごせる。それって贅沢だなあと思います」と思いを口にした。
祖父母と叔父が営んでいた「商店街の金物屋」は、ふたりの手によって新しい形に進化を遂げた。そして、つくり手と使い手を結ぶ架け橋として、「いい道具」が暮らしにもたらす価値を久里浜の街からこれからも発信し続けていく。
Staff Credit
Written by Aki Kiuchi
Photographed by Io Takeuchi
Written by Aki Kiuchi
Photographed by Io Takeuchi