JR田浦駅のすぐそばに、大きなサボテンが目印の一軒家、緑の工房「gröna tred(グレナトレド)」がある。リースやスワッグ、ガーランドなど、グリーンを用いたアレンジメントが学べる工房であり、月1〜2回ほどの希少なオープン時には多肉植物をお求めるお客さんで賑わう。一風変わった存在ながら、都会にはない要素で横須賀・湘南・東京近辺に多くのファンがいる。田浦という決して交通の便がよいとは言えないエリアながら、人が足繁く通う理由とは? そんな秘密を教えてもらいに工房を訪ねた。
義母の介護で引っ越してきた、田浦という街
工房の名前「グレナトレド」はスウェーデンの言葉で「緑の木々たち」という意味だ。都会から少し離れて、田浦という場所でホッと一息ついてほしいという思いから命名したそう。
オーナーは新井奈緒子さん。もともと東京の足立区で暮らしていたが、義母の介護のため、夫の実家がある田浦に引っ越してきた。昔はここで駄菓子屋を営んでいたという。
「横須賀エリアに移住したからと言って、海や山に興味があったわけではないんです。必要に駆られてこの場所に引っ越してきたので。田浦で暮らすことになってまず驚いたのが、駅前にお店がとても少ないこと。自衛隊の町とも言われているので、商店をする人自体、少ないみたいですね」
東京ではない、この場所だからできること
周囲にあるのは、自衛隊の基地や学校、病院。そんなエリアに、グリーンの工房をオープンして、果たして人は集まるのだろうか? 新井さん自身も半信半疑だったが、知人に相談したことで意識が一変。
「東京だと似たようなお店はたくさんあって、どうしても埋もれてしまう。でも、田浦でやるからこそ目立つし、意味がある」と言われた。
40歳になって考えた次の人生
「横須賀に越してきて、鎌倉の花屋で7年働いていたんです。そこでは、リースやスワッグなどのワークショップも担当していました。そのお店を退社してからも、生徒さんたちに“自宅でいいから教室をやってよ!”と言われ続けていたので。田浦なら土地もあるし、ここを活用して工房にしようと思いました」
ちょうどその頃、新井さんは一つの局面を迎えていた。長らく続けていた不妊治療に終止符を打ったのだ。
「治療がうまくいかなくて、40歳になったら、もう諦めようと思っていたんです。そこから、違う人生を始めてみよう、と」
それが新井さんにとっての工房だった。気持ち的に切り花を扱うのではなく、“育っていくもの”を扱いたかったため、多肉植物などのグリーンがメインになった。
多忙な人と相性の良い多肉植物とエアープランツ
工房に入ると、個性的な多肉植物やエアープランツで空間が埋め尽くされている。グリーンのコーディネートも行う新井さんは、上から吊るすハンギンググリーンを取り入れ、限られた空間を見事にスタイリングしていた。
働く女性に圧倒的に人気なのが、あまり世話をしなくても丈夫な多肉植物だそう。
「ちょっと待った!がきく植物って、今すごくニーズがあるんです。忙しい朝に手が回らなくても、夜帰宅したときに水やりをしたら良い。そんな手軽な植物。
「ときどき、“サボテンでも枯らしちゃうんですけど、何なら大丈夫でしょうか?”って聞かれますが、そんな育て下手な人でも、家にグリーンを置きたいんですよ」
「最近は個性的な多肉植物が多いので、インテリアとして飾るのも楽しい。市場に行くと私好みのものをスタッフさんがキープしておいてくれるんです。新井さんなら、こういうの好きでしょ?って。そういう人間関係ってありがたいですよねぇ」
長年の人間関係が、今の仕事の基盤になっているそう。
LINEで植物の相談もOK
「工房では毎月リースやスワッグのワークショップを開催しているのですが、そのほかに、オフィスや個人宅のグリーンのコーディネートも行っています」
グリーンのレンタル業務の他に、庭の植え込みのコーディネートまで、とにかく新井さんの仕事は幅広い。さまざまなイベントから出店依頼もされる。
「コーディネートに入った企業やご家庭には、いつでもグリーンに関する相談を受けています。LINEで質問が来ることもありますよ。アフターケア、バッチリなんです(笑)」
隠れ家だから、みんなが一息つきに来る
取材に訪れた日は、毎月開催されるリースやスワッグ、ガーランドなどの教室の日だった。見知らぬ者同士でも制作する過程で仲良くなり、気づけば定期的に通う仲になっているとか。
リース作りを通して心の内を話していると、身近な人に言えないこともポロッと話せたり、まるでお茶会のような感覚で物づくりができる。新井さんのワークショップは、近所の井戸端会議のような空気が特徴だ。
都会から離れた場所だから、みんなが隠れ家のように通って来れるのだという。
「この、離れ小島の感覚がいいんじゃないかな。みんな一息付きたいんですよ」
最後にこの場所についての魅力を伺った。
「横須賀ってね、いい意味で人が干渉しない場所なんです。何でも好きなことをしていい感覚。でも、いったん仲良くなると、すごくハートフルな関係になれるエリア。懐に入ると、助け合える関係になる。だから、東京から出て、ここでグリーンの工房を続けられるんだと思いますよ。」
Staff Credit
Written by Tokiko Nitta
Photographed by Io Takeuchi
Written by Tokiko Nitta
Photographed by Io Takeuchi