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農家が作った野菜のせっけん

2024-01-24Knot

キャベツ、だいこん、かぼちゃ、ブロッコリー、ほかにもたくさん。1年を通じて、多様な野菜が生産されている横須賀だが、農家を悩ませているのが、大きさが不揃いなどの理由で市場に出せず、捨てられてしまう『規格外野菜』の問題。そういった野菜や果物を活用し、手づくりせっけんを製造しているのが長井にある『はらくら農園』。つくり手である原田憂子さんに、エコせっけんブランド『農家がつくったせっけん』が生まれてくるまでの物語を聞いた。 

農家の台所で生まれる自然派せっけん

1日の農作業を終え、勝手口からそのまま入れる昔ながらの土間のキッチン。その扉を開けると、柔らかなアロマの香りがふんわりと広がる。家族の食事の場であり、時おり近所の農家さんも長靴のままお茶を飲みに来る、という『はらくら農園』の台所が原田憂子さんの作業場だ。
この日つくっていたのは『農家がつくったせっけん』の代名詞ともいえる、キャベツのせっけん。収穫のときに捨てられてしまう“オニッパ”こと、キャベツの外葉を千切りにし、汁を絞り出す。その色は、思わず目を奪われるほど鮮やかな緑をしている。
「この緑が残ってくれるとキャベツらしくていいのですが、せっけんにすると淡い色調に変わるんです」
温度管理に気を配りながら、オリーブオイルや精油などの材料を混ぜ合わせ、せっけん生地をつくって型に流し込む。そこから熱を加えずに熟成するコールドプロセス製法で、2か月ほど乾燥させたら製品になる。保存料や添加物といった合成材料は不使用。時間と手間はかかるものの、植物性油脂が持つ保湿効果がしっかりと引き出されるところが魅力だ。
「旬の野菜が材料になるので、せっけんのラインナップも季節によって入れ替えています。全身用のほか、食器洗い用のキッチンソープもあり、だいたいいつも15~20種類はご用意していますね」

捨てられる規格外野菜の多さに驚いて

「農家の嫁になるなんて想像もしていませんでした」という横浜生まれの原田さんが、『はらくら農園』に嫁いだのは2014年のこと。
休暇中に親せきの農作業を手伝い、楽しそうにしている様子を見聞きしたいとこから「今度、一緒にスイカの収穫体験に行ってみない?」と誘われる。その体験先こそが『はらくら農園』。現在の夫とは畑で出会ったというのだから、どこか運命的に思えてしまう。
祖父母の代から続くその畑では、主にスイカとキャベツを生産しているが、農家の一員となってから初めて体験したキャベツの収穫で、原田さんは大きなショックを受ける。
「ほんの少しでも色や形が基準から外れていたら、たとえ味がおいしくても『規格外野菜』として出荷できなくなるんです。これだけ手間ひまかけて育てているのに、廃棄せざるを得ない野菜の多さは私の想像を超えていました」 
家で食べたり、友人・知人に分けたりしても、まったく消費が追いつかない。あまりのもったいなさに、加工食品にできないか、などあれこれ考えてみるものの「これだ!」というアイデアは浮かばないまま。しばらくの間は収穫期を迎えるたびにモヤモヤを抱えていたという。 

せっけんが教えてくれた「人と環境にやさしい」在り方

しかし、転機はあるときやって来る。2020年秋、せっけん教室の講師と知り合い、「野菜や果物のジュースでせっけんがつくれる」と教えてもらったのだ。 
「廃棄される野菜をせっけんにできれば、いろいろな人に使ってもらえるかもしれない」 
そこで、せっけん教室で技術を学びながら、野菜を使ったせっけんの試作をスタート。泡立ち、香り、色など、何度も改良を重ね続け、原田さんはようやく満足のいく仕上がりにまでたどり着く。それが冒頭にも登場したキャベツのせっけん。『農家がつくったせっけん』誕生の瞬間だ。 
2021年より、長井の農産物直売所『すかなごっそ』で販売を開始。それがきっかけで、環境に配慮した量り売り専門店『エコルシェ5302』(日の出町)から「お店に置きたい」と連絡があった。この出会いが、原田さんにとって第二の転機になる。 
というのも、せっけんを店頭に置くに当たり、主宰の神馬彩夏さんから「ビニールの包装をやめてはどうか」と提案があったのだ。
アドバイスを受け、包装を薬包紙に変更。フードロスの解消、水を汚しにくい、プラごみの削減といった特徴が、「人と環境にやさしいせっけん」というひとつのコンセプトにまとまり、環境問題に意識を向ける人たちに支持されるように。 
「私は、目の前で見た廃棄野菜をどうにかしたい、という思いだけで突き進んできました。でも、このせっけんはフードロスの解消に寄与するのはもちろん、界面活性剤などの合成材料を使っていないので水を汚しにくい。どちらも“環境全体を考えること”につながっていて、神馬さんはそこを評価してくれたからこそ、プラスチック包装を使っていることに疑問を投げてくれたんです。自分が何を大切にすべきなのか、視野が広がった思いでした」
つくり手の原田さん自身、ライフスタイルに変化が生まれた。 
「洗顔から洗髪まで、このせっけん1つで全身を洗うようになって、ゆらぎがちだった髪やお肌の調子が良くなったんです。食器洗いも自家製キッチンソープに切り替えて、手荒れしにくくなりました。それに合成洗剤やシャンプーを買わなくなったので、ボトル類のプラごみがものすごく減ったんですよ」 
現在では横須賀市内だけでなく、鎌倉や横浜、東京などの10店舗にまで取り扱いの輪が広がっているほか、「エコな横須賀みやげ」としても着々とファンを増やしている 

一次産業の現状に関心を持つきっかけになれば

横須賀に来て、もうすぐ10年目を迎える原田さん。実際に住んでみて、街の印象はかなり変わったそうだ。 
「米軍基地と自衛隊のイメージが強かったんです。学生時代は『女の子は横須賀にひとりで行っちゃダメ』と言われたこともありましたし(笑)。でも今住んでいる長井をはじめ、市の西側は本当にのどかで、見渡す限りが畑です。キャベツや大根の産地として知られていますが、ブロッコリーに枝豆、みかんやレモンなど、本当に多種多様な野菜や果物がつくられていますし、目の前の海では新鮮な海の幸も手に入る。この豊かさを、もっともっと知ってもらいたいって思います」 
これからもせっけんづくりは続けていくが、原田さんの夢は「せっけんのその先」にある。 
「野菜がもっと自然な形で売れるよう後押ししたいんです。たとえば今は野菜に虫食いの穴があると『規格外野菜』として売れなくなるので、多くの農家が薬を使わざるを得ません。でも、おいしいキャベツに虫がつくのは自然なこと。消費者がもし穴のあいたキャベツを“普通のキャベツ”だと受け止めてくれるなら使わなくてすむし、それは野菜をつくる人にとっても、食べる人にとってもいいことであるはずですよね」 
せっけんをきっかけに、野菜本来の姿や本来の味に関心を持ってもらえたら。野菜だけでなく、肉や魚も含めた一次産業のあらゆる食物について、どんな姿が自然なのか、思いを寄せてもらえたら。そして、これからの地球環境のことも。 
「もったいない」から生まれた原田さんの挑戦の物語。これからどう続いてゆくのか、楽しみでならない。 
Staff Credit
Written by Aki Kiuchi
Photographed by Io Takeuchi
Information
農家が作った野菜のせっけんが買えるお店
・すかなごっそ
・深野力蔵商店のアロマ
・エコルシェ5302
・蜂小屋
・三浦海岸POEM
・ヒマラヤンベーカリー
・onedropcafe
・Mottene
・野の
・BodyTuningZaka3
・あおい鍼灸治療院
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